ニュース記事へのリンク
前回の記事(id:B-dai:20060225)の様に、ニュース記事に対して何か書こうと思うことがよくあるのだが、なかなか気軽に書けない。大手新聞社などの報道各社の記事は、たいてい個別記事へのリンクが許可されていないからだ。ほとんどがトップページへのリンクのみ許可、あるいは著作権の主張だけでリンクポリシーがはっきりしない。HotwiredのようなIT系のニュースサイトならば柔軟なリンクポリシーを持っていることが多いが、記事の内容は偏ってしまう。
欲をいえばトラックバックをすることによって、より多くの人に自分の書いた文章を見てもらいたいとも思う。
エキサイトやgooなどではニュースからのトラックバックができるものの、それぞれのサイトのブログに限られている。ライブドアは自社ブログに限らないものの、トラックバックできない記事も多い。神奈川新聞社のカナロコは新聞社としては珍しくコメント・トラックバックができるシステムになっているが、現在のところはローカルニュースなどの地域色の強いページに限られている。
mixiが最近始めた『mixiニュース』のようなサービスをはてなでも始めて欲しいと強く願う。
少子化は自然な流れ?
http://hotwired.goo.ne.jp/news/culture/story/20060224204.html
こういうニュースを見ると、単純に少子化を防いで、子供をたくさん産むことが良いことなのか、分からなくなりますね。
むしろ都市部で出生率が低下するのは自然なことで、地球環境を考えた場合には良いことなのかも…なんて思ったり。
ただ人口が増えることを前提につくられた今の日本社会のシステムは、大きく作り替える必要があることは確かでしょう。しかしそれが成功して軌道に乗れば、21世紀モデルとも言える新しい社会の仕組みが出来るのかもしれません。
都市部では人口維持程度の出生率で、第三次産業や技術開発・研究を進め、その利益・技術を、未だ人口増加率の高い社会へまわして都市化を促す。そしてやがて貧困にあえぐ社会がなくなっていく…。
まぁ理想論ですし、紛争問題なんかもあるからそう簡単にはいかないでしょうが、こんなモデルも想像できるかな、と。
そして日本の少子化問題も、こんな別の視点でながめることで、新しい切り口が生まれるんじゃないかと、期待してしまうのです。
個人的には、子供は多ければ多いほど良い、なんて思ってました。けれども、これからの日本においては2〜3人程度が適切で、貧困や紛争で困っている子供たちを様々な形で支援する方が、素敵なことかもな〜、なんて思い始めました。
リア王
人形劇と言っても等身大の人形を2人の人間で操る大がかりな人形劇です。人形だけでなく、仮面を付けた人間とも競演します。もちろん大人向け。
今回の公演は「人形劇団ひとみ座」の60周年記念公演として行われました。この劇団は日本No.1の劇団と言っていいと思います。「ひょっこりひょうたん島」や日本版「セサミストリート」をやっている劇団と言えば、伝わるでしょうか。
等身大の人形で演じているので、見ている感覚は普通の舞台に近いです。けれども表現は人形独特のものになるので、人間とは違う、人形ならではの表現がそこかしこで見られます。顔は全く変わっていないはずなのに、体の微妙な動き、ポーズで表情が全く違って見える。人形の表現の奥深さを見せてもらいました。指も人間のように動くわけではないのに、わずかに動かすだけで、心情を表していて、ドギマギしました。
う〜む、あれを言葉で表現するのがこんなにも難しいとは…。なんか全然伝わらない気が…。
そういえば、以前プロジェクトXで宝塚の再生を放送していたときに、助っ人に来た歌舞伎役者がこんなことを言っていた。
「感情には型がある。」
表情がないからこそ、型で感情を表すのだなと、それを実感。
大人向けの人形劇、いつかもっとメジャーになる日が来るといいなぁ。
人形劇団ひとみ座 http://www.hitomiza.jp/
空き缶
横浜駅の地下街にある綺麗なオブジェ。クリスタル調のハート型で、笑顔がデザインされてキラキラ輝いています。しょっちゅう通る場所にあるので、見かけるとほんの少し、癒される気もする。そんなオブジェがあります。
昨日の帰り道、その前を通りかかると、そこに空き缶が放置されているのが目に入りました。
“空き缶と一緒のオブジェ”と“空き缶のないオブジェ”。
どちらが気分がよいか、訊くまでもないですよね。
一瞬迷ったけども、自分はその空き缶を手に取り、捨てることにしました。だって、空き缶のない方が気分がいいじゃないですか。
でも最近の日本では、ゴミ箱を見付けるのも一苦労。残念ながら辺りには見あたりません。そしてそこはバス乗り場のすぐ近く。バス停のゴミ箱は数年前に撤去されたままです。
これは家まで持って帰るしかないかな、と諦めかけたのですが、偶然にも空き缶・ペットボトルを集めた袋がバス停の近くにありました。きっとバスの誘導員かだれかが集めたものでしょう。ありがたくそこに捨てさせてもらいました。
もし空き缶を見かけた時、そのまま放置したらどんな気持ちになるでしょうか。きっとすぐ忘れてしまうでしょう。でも“空き缶が無い方がいい”と思いつつ、それをしない矛盾。きっと深層意識ではストレスが溜まってしまうのだと思います。
逆に捨てるのがめんどくさいとか、ゴミ箱がないとか思っても、気にせず実行すれば、今回のような偶然に助けられることの方が、多いんじゃないでしょうか。
自分はそんな素敵な偶然が、この世界には溢れていると信じています。けれどそれは、必然のような気もするのです。それを昔の人は“縁(えん)”と呼んだのだと、思います。
謹賀新年
あけましておめでとうございます。2006年はとても良い年になりそうな予感がしてて、とてもワクワクしています。みなさんにとっても良い年になるようこころから祈っております。
さて、自分は毎年、明治神宮に初詣に行くのですが、そこのおみくじがちょっと変わっています。大御心(おおみごころ)といって、明治天皇と昭憲皇太后の作られた和歌が書かれているものになります。内容は教訓的なものが選ばれており、全部で30種類あるとか。
これも毎年引いているのですが、今年引いたのは以下のもの。
「高山のかげをうつしてゆく水の
ひききにつくを心ともがな」高い山の姿を写して、谷川の水が段々と低い方へ流れて行くように、誰でも理想は高く、身はつつましく、ということを心がけたいものです。
(心は高く、身はつつましく)
確かに最近、理想を高く持って向上心を刺激できるようになってきました。でもそこで、「謙遜を忘れずに、つつましく生きる事も大事ですよ」と、教えてもらったような気がします。今年は“向上心と謙遜を胸に自分を磨く年”にしたいと強く思った元旦でした。
みなさまへ
あと数時間で2005年が終わります。自分にとっては大きな飛躍のための、助走の年だったかな、なんて思ってます。
最悪の精神状態で始まった今年でしたが、春頃から上向き始めました。
「2005年に何をした?」
と人から聞かれた時に、自慢できるような事はほとんどありません。しかし、数年後に振り返った時に“今の自分の原点はそこにある”と思えるような年になった気がします。
精神的に大きく変化した年、それがこの2005年でした。
これが良いことなのか、悪いことなのか、今は分かりません。
でも確実に前に進んでいます。去年よりも力強く。
これを読んでいる知り合いのみなさま、
2005年も本当にお世話になりました。
あなた方のおかげで今の自分があります。幸せがあります。
2006年はこれを少しでも還せるように努力いたします。
どうか来年も、よろしくお付き合い下さいませ。
あなたの2006年も、たくさんの幸せが感じられる年に
なりますように。
ファーストコンタクト
世界の国々を回って自分の目で見たい、からだで感じたい、確かめたい。強くそう思い始めたのはここ1年のことだと思う。たびそらというサイトに出会ったのも大きなキッカケのひとつ。思いは募り、いよいよ今回それを実行することにした。
まずはタイ、バンコクへの航空券を手に入れ、あとは特に予定は立てなかった。今回は完全な一人旅。スケジュールに縛られることなく、その時思った通りに行動できる。その場の直感を活かせる旅にしたかったのだ。
タイはあまり英語が通じないらしいので、「旅の指さし会話帳:タイ」を持っていった。この本には挿絵にタイ語とそのカタカナ読みが載っているので英語が通じない相手でも何とかコミュニケーションがとれるはず。早く試してみたくてうずうずしていた。
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